1/6-1/8の3日間、毎年恒例のRegional Scrum Gathering Tokyoに参加した。色々感じたり浮かんできたことがあったので、個人的感想として書き留めておくことにする。個人としての備忘録であり、感想であり、セッションレポートは書きませんm(_ _)m
組織とプロダクトのぜんぶ
セッションに組織の話やプロダクトマネジメントの話が入っているのが印象的だった。Discord内の中で、「だいぶ考えが広がってきてチームでうまくやれることはわかった。けど、売れるプロダクトにするにはどうするのかとか、組織の話とか、そういうことが話せる状況になってきた」という話を聞いた。
2日目のAgile Testingの話が予想以上によかった。ソフトウェアテストの話でしょ...と思っていたのだけど、プロダクトの話だった(語彙力)。ユーザビリティテストやプロトタイプレベルでの仮説検証のテストの位置付けなの話も出てきて、エンジニアだけじゃなくてデザイナーもその品質の一端を担っているんだと背筋が伸びた。品質の例の話をするときに、ユーザーの例として視覚障害の話があったり、アクセシビリティやユーザビリティ、UXの話が当たり前のように例に出てくるのに驚いた。例に出すってことは、みんながわかりやすい例えってことでしょう?
組織構造の面では、ネットワーク構造の話もあった。WIADのセッションでも、ツリー構造では情報が表せなくなってきている話があったような気がするのを思い出した。情報がネットワークになって、組織もネットワークになるのか。コンウェイの法則にも関係しそう。
SCRUMMASTER THE BOOKの著者のZuziさんのセッションのなかで、「心理学者や社会学者が最高のスクラムマスターになれる」「文化人類学者の目を持つ」という話があった。知らない組織にスクラムマスターやコーチとして入って行くには文化人類学者が異文化の民族にお邪魔していくように...という観察と傾聴の話だと理解している。他にも色々なソフトスキルが必要なのだけれども、ファシリテーションの能力はOSTでもどう伸ばすかが話題になっていたりして、必要な能力の一部分はUI設計に関わってきたキャリアで積み上げられているかも?と思って聞いていた。
最終日のクロージングキーノートの野中先生のセッションでは、SECIモデルの話でUXみを感じた。左上の象限の「共同化」は、現場に出向いたりして利用者に共感するところ。共感して、直感をぶつけあい、コンテクスをあわせよと。チームの中で、デザイナーやリサーチが貢献できるところじゃないかと熱くなった。
こうやってデザイン方面との繋がりを勝手に紐づけて心の中で結構きゃっきゃしていた。
実験と経験を楽しむ
RSGTの雰囲気が好きなのは、みんなが実験と経験を楽しんで大事にしている感じがするところ。常になにか新しいことを試していて、チャレンジしていて、成功じゃなくて実験やそのなかの工夫のシェアに価値がありそうなところ。挑戦して実験して失敗して経験するぞおおおいという前向きな気持ちになれる。RSGTは新年の気持ちを新たにするイベントといってよい。新年の抱負を考えるイベントのようだ。
不確実性を楽しんでいて、何かが起こってもそこへの適応が早い。その場をいかに楽しむか、面白くするかを考えてるってすごくかっこいいな...と考えていたら、セッションの中でのクネビンフレームワークの説明で、アジャイルは上半分の複雑、煩雑な問題に向いているという話があった。そういうのが好きな人が集まってるんだから、そりゃそうだ!と妙に納得した。
帰りにやる気が湧いてきた。
プロポーザル採択されるかどうかは関係ないんだよね、みんなすごいからというのは出さない理由にならなくて、チャレンジは誰でもできるんだよな、話はそれからだと思いながらてくてくする帰路
— ひろみつ (@hiromitsuuuuu) 2021年1月8日
今年は、去年知らなくてチャレンジできなかったcoachs-clinicの相談に申し込んで相談できた。ひとつ新しいことを試せた。
インターネットとリアルのあいだ
コロナの影響もあり、今年はオンラインとオフラインのハイブリッド開催。リアルとオンライン別々に分かれているような形式なのかと思っていたら、融合していてすごかった!コロナの感染者数が多かったのもあり2日間はオンライン、最終日の昼からの2時間だけオフライン会場に出向いた。オンラインとリアルがスムーズに繋がっている感じがした。特にお気に入りだったのが、Discordの「廊下」というチャンネル。リアル会場の廊下の参加者と、オンラインの廊下で会話が発生したりして、リアルとオンラインがちょっと溶けてる感じがした。Discordのいちチャンネルなのに、廊下って書いてたら廊下っぽいふるまいになって不思議だった。
今日、何をする?
クロージングキーノートの野中先生のセッションのなかで、『過去は、身体記憶としていまに臨在している』という話があって、ハイキューで出てくる台詞を思い出した。
『全国2位が何やねん
どっちでもええわ昨日のことや
“昨日”はもう消化した
たくさんの”昨日”はもう筋肉になっとる
今日 何をする?』
RSGTを筋肉にして今日何をしよ?